大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)953号 判決

控訴人 長谷川正直

右訴訟代理人弁護士 田子璋

被控訴人 株式会社 岡出ゴム軽金社

右代表者代表取締役 岡出調一

右訴訟代理人弁護士 林信彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

一  主張

(控訴人)

1  訴外会社は、再生タイヤの製造、販売を業としてきたが、国内市場における競争が激しく、経営が思わしくなかったので、控訴人は、訴外会社の代表取締役として、昭和四四年頃、静岡県富士宮市に工場を新設し、再生タイヤをフィリピン、韓国等へ輸出して、市場の転換、経営の拡大を図ることを企画し、多額の資金を投入して、昭和四六年中に右工場を建設し、製品の輸出を始めた。

2  右輸出は、一ドル三六〇円の為替レートを基礎に行われてきたところ、為替相場が変動相場制に移行し、円高になってきたため、訴外会社は、甚大な損害を受け、その後の輸出力も減少した。

3  このような経済状勢の変化及びその将来の動向は、当時誰もが予想しえなかったものであったが、控訴人は、一時これをしのげば、状勢は必ず好転すると判断し、その苦況を乗り切るため、高利の金融に頼り、その返済に私財を当てる等してきたが、状勢は好転せず、遂に訴外会社を倒産させるに至った。

しかし、控訴人が経済状勢の変化を一時的なものと考えたことは、当時としては決して不合理なものではなく、私財まで投げ出した控訴人に対し、これを訴外会社に対する任務懈怠と責めることは許されるべきではない。

4  訴外会社と被控訴人との取引は、昭和二四年以来継続してきたもので、当初、訴外会社は、その仕入れの大部分を被控訴人に依存していたが、訴外会社が順次その仕入先を替えていったので、それに伴い、被控訴人との取引高も減少し、本件取引当時の買掛残高は、以前よりはるかに少なくなっていた。

従って、若し控訴人が高利金融に頼りはじめた昭和四六年頃に、訴外会社の経営をあきらめ、これを倒産させていたならば、被控訴人の回収不能額はもっと多額に上っていたはずであるから、仮に控訴人に任務懈怠があったと認められるとしても、被控訴人には利益こそあれ、損害はなかった。

(被控訴人)

すべて争う。

二  訂正

1  第二丁裏五行目の「原告は」から同六行目の「手形金」までを「右各手形はいずれも不渡りとなり、被控訴人は、右手形金、従って、その原因債権である前記売掛金のうち右手形金と同額の金四五四万一〇二〇円」に改める。

2  同九行目の「に対し」を「を」に改める。

3  第三丁表八行目の「金」の次に「四五四万一〇二〇円」を加える。

三  証拠《省略》

理由

一  原判決の理由説示第一項ないし第四項(第五丁表末行から同裏一〇行目まで)を引用する。ただし、第五丁裏六行目の「被告本人尋問の結果」を「控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)」に、同七行目の「原告は」から八行目の「手形金」までを「右支払停止の結果、別紙手形目録記載の約束手形三通(額面合計金四五四万一〇二〇円)は不渡りとなり、被控訴人は、右手形金又はこれと同額の売掛代金」にそれぞれ改める。

二  《証拠省略》を総合すると、

1  訴外会社は、再生タイヤの製造、販売等を業とする資本金三二〇〇万円の会社であったが、国内市場における競争の激化から、昭和四四年頃には経営が悪化して赤字を出すようになったので、同社の代表取締役であった控訴人は、粉飾決算により一時を糊塗するとともに、生産を拡大して、再生タイヤをフィリピン、韓国等へ輸出して経営を建て直そうと考え、銀行からの借入金を中心に、約一億五〇〇〇万円の資金を投じて、静岡県富士宮市に工場用地を購入の上、昭和四六年頃までに工場を新設して操業を開始し、製品のフィリピン等への輸出を始めた。

2  訴外会社は、右工場の建設のため、多額の借入れをした結果、資金繰りがますます苦しくなり、昭和四五年前後から高利の金融に手を出すようになったが、右工場完成後、為替相場が固定相場制から変動相場制に移行し、ドル安、円高へとなっていったため、輸出により利益を挙げようとした当初の計画は全く実現しないままに行き詰まり、他方銀行等の金融機関は、訴外会社の将来を危惧して新規の貸出しを拒んだため、訴外会社は、更に高利金融への傾斜を強め、訴外金岡商事、同アイシン商事、同矢端、同オリオン商事等の金融業者から、月利八パーセント以上の高利で総額数億円にのぼる短期借入れを繰り返し、殊に訴外金岡商事からは、昭和四七年九月だけでも金四四〇〇万円をこえる借入れをし、同月から翌年八月までの一年間に総額二億六〇〇〇万円以上の借入れを行うなどし、昭和四八年九月だけでも金一一五〇万円をこえる利息を支払った。

3  その上、訴外会社は、訴外株式会社工藤組(以下「工藤組」という。)に対し、昭和三六年頃から資金援助を行い、やがて工藤組からも手形を受取り、融通手形の交換をするようになっていたが、常時訴外会社の貸越の状態にあり、その差額は、昭和四八年四月から八月にかけて金八〇〇〇万円を下らなかった。

4  訴外会社の資金繰りは、控訴人が他の取締役に相談することなく単独で行ってきたが、訴外会社の売上高は、昭和四四年の月商約一五〇〇万円から昭和四八年には月商約四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円へと上ってきていたものの、昭和四四年以降赤字続きで利益を上げたことは一度もないのに、高利の金融に頼り、金利の支払いのため、更に高利の借入れを繰り返すという控訴人の資金繰りは、常軌を逸していたため、訴外会社の取締役であった訴外堺忠らは、昭和四七年四月頃控訴人に対しその経営態度を改めるよう忠告したけれども、控訴人は耳を藉さなかった。

5  その結果、訴外会社の資産状態は日を逐って急激に悪化し、控訴人は、自らが経営する訴外余市観光株式会社の資金を流用し、或いはその私有財産を処分する等して借入金を一部弁済したりしたが、経営を改善するに至らず、遂に昭和四八年一一月支払を停止して倒産し、破産宣告をうけるに至った。そして、このような結果に至ることを避けられる見通しは、控訴人にも全くなかった。

以上のとおり認められる。《証拠判断省略》

三  ところで、株式会社は、経済社会において重要な地位を占めており、その活動は、その機関である代表取締役の職務執行に依存するところが大であるから、代表取締役は、絶えず会社の経営、資産状態等を的確に把握し、会社の業務執行を適切に行うべき義務を負うものであるところ、前記認定事実によれば、控訴人は、訴外会社が昭和四四年頃から赤字続きであったのに、粉飾決算をしてその実体を覆いかくし、その資金繰りに窮して昭和四五年頃からは高利の金融に頼り、富士宮工場新設と輸出による市場の転換の計画が失敗した後も、漫然工藤組との間の融通手形の交換を続け、急激に高利金融に依存する姿勢を強める等、一向にその経営姿勢を改めなかったため、遂には訴外会社の売上げの四分の一前後を金利の支払いに当てざるを得なくなり、その結果、訴外会社の資産を極度に減らし、負債を急増させて訴外会社を倒産させ、被控訴人の本件債権の回収を不能ならしめたものであるから、控訴人の右所為が前記義務に違反することは明らかであり、しかも控訴人は、右のような経営姿勢を続けるならば、早晩訴外会社の資産内容を悪化させて、これを倒産させるであろうことを当然認識した筈と認められるのに、あえてこれを改めなかったのであるから、その結果被控訴人が蒙った損害を賠償すべき義務あることは明らかである。

もっとも控訴人は、私有財産を処分して高利の借入金の弁済に当てたことをもって控訴人の任務懈怠を争い、又訴外会社と被控訴人との取引が昭和四六年当時に比べ訴外会社の倒産当時にははるかに減少していたことをあげて、若し控訴人が昭和四六年当時に訴外会社の経営をあきらめていたならば、控訴人の損害ははるかに大きかったから、控訴人には商法第二六六条ノ三による損害賠償義務はないと主張するが、以上のような事情が控訴人の責任を直ちに左右するものとは解されないのみならず、控訴人が訴外会社の債務を弁済することにより、控訴人は訴外会社に対し、求償権を取得するから、訴外会社の資産内容にはさしたる変化はなく、現に、前叙のとおり資産状態が日に日に悪化して結局倒産に至ることを阻止しえなかったのであるし、又控訴人が高利の金融を受けるようになった昭和四四年ないしはそれへの依存度を急増させた昭和四六年当時の訴外会社の資産内容は、倒産時よりもはるかによかったことは《証拠省略》によっても明らかであるから、その時点であれば、より適切な会社の再建策を建てる可能性も考えられ、仮に会社を清算したとしても、債権に対する引当資産ははるかに大であったと考えられるばかりでなく、被控訴人の本件損害の原因となった売掛債権は前叙のように資産状態の悪化が極限に達しようとした昭和四八年七月以降に発生したものであり、控訴人の無軌道な放漫経営のためにさらに資産状態が悪化してその支払を受けえなくなったことにより、被控訴人が右債権額相当の損害を蒙ったものと認められるのであって、被控訴人がもともと有するそれ以前に発生した債権が控訴人の放漫経営の継続中に回収されて、それについては損害が生じなかったということは、何ら右認定の妨げとなるものではないから、いずれにしても控訴人の右主張は理由がない。

四  以上によれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 野﨑幸雄 水野武)

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